なつかしい風景をつくる
東東京、日暮里の住宅地に、地域に根ざすパン屋カフェと本屋とオフィスをつくる計画である。
昔ながらの風景も残りつつ、少し懐かしさを感じることができるエリアで、静かな生活環境が手に入る落ち着いた雰囲気のためか、子育てをしているファミリーが多く生活している地域だった。だからこそ、まちの人々の愛される要素を丁寧に綴り、設計に取り込んでいくことで、女性や子供が日々利用できるような、まちのコミュニティースペースのような場所をつくることが重要に感じられた。
最初にクライアントが希望するイメージをスケッチで見せてもらった。大きな芝生の庭に向かって、2棟の木造の建物が開かれ、たくさんの人たちが集まり、くつろいでいるというものだった。当初、パン屋カフェ、本屋、オフィスとそれぞれ別の用途をもつ空間を、それぞれ別々の場所としてつくることが求められたが、我々は『ひとつ屋根の下』というコンセプトを考えた。
昔ながらの日本の下町の風景のような、軒が連なり場を形成していく風景を手がかりにして、誰もが見たことのある、どことなく懐かしい風景を、現代の建築に持ち込んだ。3つの領域を深く低い軒先と縁側で繋ぎ、分かれてはいるものの、繋がっている状態を実現させた。
新しい建築は時として、シャープで尖ったものに見えることがある。しかしこの場所に根付いた施設にするためには、誰もが知っているもの、どこか懐かしさを感じるものをつくる必要があった。大きな屋根ができれば、深い軒、縁側が自然ときまってきた。現代建築のディテールを用いているが、窓のディテールも昔の建具に使われているようなデザインとし、細部まで繊細に作り上げていった。
小さな商業施設であるが、昔からある商店街のような、街に普通にあった風景を取り戻す、なつかしい風景や居心地というものを現代建築でつくれないかに挑戦した。工事中の時から近隣の人たちに期待をもって注目され、オープン時にはすでに親しまれているような感覚があった。
ある意味、とても質素な建築である。しかし手触り感があるとでもいうのだろうか。だからこそ、多くの人たちに届く建築になった。ここを拠点とし、街が豊かになり、ここから街がひろがっていく。現代建築にはまだまだ可能性がある。