何気ない新しさ
我々にとって「agnès b.」は洋服に興味を持ち始めた10代半ばに、憧れと共に身につけた思い入れの強いブランドであった。今回ブランドについて考察する中で、時代に左右されないデザインに基軸をおき、作業着から着想を得た洋服づくりやアート、映画、音楽、写真、チャリティーなどのカルチャーとファッションの共鳴を大切に活動し続ける、デザイナーの魅力を再認識した。その魅力を極力ベーシックな空間で空気感として表現したいと考えた。
設計をする上で、必ず歴史を遡ることにしている。パリのジュール通りの精肉店を改装した1号店や市内に点在する店舗やアトリエを巡り、アニエスべー氏の自宅を訪れる機会にも恵まれた。古い建築に現代のアートやプロダクト、石ころから異国のファブリックまで様々な要素が並列に置かれており、時間を超え、歴史と現代が同居する空間を感じた。そして、訪れた場所すべてに共通する要素として、トップライトからの自然光が室内に導かれ、内部でありながらも開放的な空間が存在していた。
agnès b.の考える空間の在り方を銀座という街で継承することを考えた。与えられたスペースにはトップライトは存在していなかったが、ガラスの天井をつくることで外部を内部に映し込み、パリで感じた開放感を内部につくることを提案した。内部と外部、過去と現在、明るさと暗さ、様々な相反する状態を同居させながら空間をデザインしていくことで、何気ない中に魅力を抽出し、パリで体験した場の性格を空間化した。
ファッションにおいてセンスを感じる瞬間はサイジングであったり、飾り気がないけどその人らしさがある、「何気ない状態」だとしたならば、この空間はその「何気なさ」について考え続けた結果でもあるように思う。agnès b.の考えるセンスは、そんな何気なさと多様な矛盾の中にある。
「何気ない新しさ」。我々はこの言葉にagnès b.の歴史を閉じ込めることを試みた。