環境と向き合うこと
敷地は日本三景の宮島を望む対岸に位置する。南側に交通量の多い幹線道路と線路が走り、騒音のある環境を除いては、視線の向こう側に瀬戸内海が拡がる、恵まれた敷地であった。そこに夫婦ふたりの生活に足るだけの最小限の場と、ピアノを弾くための空間を求められた。
当初、敷地の特性上、ピアノを弾くという行為と騒音の関係を危惧したが、クライアントは常に音がある環境の方が近隣への音の影響を気にすることなく、のびのびと弾くことができるという。そこで景色に対して素直に開いていくことを考えた。
海からの塩害により、線路で多く見られるレールと車輪の摩擦によって生じた鉄粉が錆びている様子から、建築の表皮を慎重に選ぶことが必要があった。そこで外部はコンクリートをステインで染め、当初から錆びているかのような仕上げとすることで、鉄粉の飛来に対しても、時間と共に外壁がより味わい深くなっていく、環境に左右されない仕上げとした。また、開口部周辺の金物を外部に露出しないディティールでのガラス施工によって塩害に対応した。
空間は一枚のコンクリートスラブを折り紙のように折ることで、過剰な構造形式を用いることなく、大スパンを飛ばすことや、敷地傾斜部分にスラブをキャンチレバーで出すことなどを可能にし、必要に応じて折るという行為の結果が建物内部にいくつもの床レベルをつくり出し、海との関係を多様にしている。
平面計画はピアノスペース→リビング→ダイニング→寝室と水回りを囲うように配し、徐々に空間を移動していくことで、明るく活動的な場所から、静かで落ち着きのある場所へと空間の性質を変化させた。ワンルームでありながらも使用目的にあわせた空間が生まれる計画とした。
ひとつながりの空間という、通常は単調になりがちな計画をフロアレベル、開口サイズ、天井高などのプロポーションの操作によって、精神的に間仕切りのある空間を創造した。また平行面をもたない空間は、ピアノを弾く場所として、より効果的な結果をもたらすことになった。
環境に向き合うために、可能な限り単純化することで本質に近づき、機械設備や素材に依存した現代の一般住宅とは違う、決して便利ではないかもしれないけれども、それだからこそ自然の豊かさが顕在化する、穏やかな時間がここにはある。